女装に溺れた男の末路。映画「クィア-Q」作品紹介 朝倉早也輝監督作品
Nテレ今回のイチオシ作品紹介は…
2021年公開
映画「クィア-Q」
独特な世界観で癖のあるダークな作品を数多く作ってきた映画監督の朝倉早也輝が「マスクが無ければ人生最高傑作のストーリー」と語った自信作にして朝倉映画の真骨頂。そんな彼へ「女装に溺れた哀れな主人公の物語」を提供し、邪悪で奇怪な美しきエロスの世界を描いたのは原作脚本の長根日和。
この2人がタッグを組んだら、ハッピーエンドは有り得ない。
「隣にいるだけで苦しくなる胸の中に、君への想いと僕の後悔がある。」
※新型コロナウイルス感染対策の観点から撮影時にはマスクを装着しています。
題名の「クィア」は性的少数者クエスチョニング(Q)を指す言葉から取られており、Music trailerのテーマ曲として使われている「さよならの朝に」は夜の世界へと堕ちていき、二度と朝を迎える事ができない主人公を比喩した選曲となっている。
今回は映画「クィア-Q」の見どころをたっぷりとご紹介します。
映画は朝8時を知らせるアラーム音から始まる。
カーテンを閉め切った暗い部屋で眠い目を擦りながら強引に起き上がった青年は覚束無い足で洗面所へと向かう。
手のひらに水を貯め、顔を洗う。
タオルで顔の水気を拭って小さな鏡に映る自分の顔を見つめると、小さな違和感がそこにあった。
(また…顔に付いてる…)
ついこの間まではお互いに自重し合って相手のゾーンには踏み入れないよう察しあって生活していた。彼女と直接話したことは無いし、特に何か約束を交わした覚えは無いが、昼にまで侵食してこられたら困る。
では果たしてどちらが本当の自分なのかと考え始めるとキリがない。どちらも自分の体なのには変わりない。ただ…夜になると現れる《ヌキリン》の方はどう思っているのか。新しい朝を迎える度に《コウセイ》は見ず知らずの自分に問いかけているのだった。
ある公園のベンチで待ち合わせた《リョウスケ》とコウセイは卒業して3年が経過した大学時代の思い出話に花を咲かせていた。
アユミちゃんとはまだ付き合ってるの?まだ上手くやってるかい?
うん。もう3年になるかな…
3年…マジかよ。そうか…
大学じゃいつも一緒だったのに俺だけ置いてけぼりかよ。
俺の事を好きって言ってくれる人はアユミしか居ない。天使なんだよ。俺にとっては…
大学卒業間近、「離れ離れになる前にどうしても想いを伝えたい」というコウセイの告白で卒業後も遠距離ながら交際する事を決めた《アユミ》。
せめて月に1度は…と仙台の街を2人っきりでデートできる日をコウセイはいつも楽しみにしていた。
アユミ…あのさ、俺と居て楽しい?
え?突然どうしたの?
コウセイといる時が1番楽しいし、本当幸せだよ?いつもデートに誘ってくれてありがとう。
今度プロポーズしようと思ってるんだよね。
え?今度?マジかよお前…そうか…
もう…覚悟は決めた
大学時代のクラスメイトであり、コウセイの一番の理解者でもあるリョウスケ。友達として最も喜ばしい報告である筈だった…
例の事…言ったの?
いや、まだ言ってない。
コウセイを理解しているからこそ例の事だけは気にしなければならない。今後夫婦として生活していくとしたら尚更隠し通すのは不可能だと知っているからだ。
…言ってないのか。
まぁ確かに何て言ったらいいのか…
もしもし?
うん、楽しみにしてる。
人形に着せるような派手な色の服を着て長髪のカツラを被る人物が鏡の前で誰かと連絡を取りあっている。その様はまるで娼婦だった。
「仙台夜の街」
街を照らしていた太陽が沈み、飲み屋街のネオンサインが輝き出すと彼は取り憑かれたかのように我を忘れ、「営み」の準備に取り掛かっていた。
謎の男と共に薄暗いホテルの廊下をゆっくりと進んでいく。この時間の為だけに彼は何時間にも及ぶ化粧をこなし、1人の女として夜の街へ溶け込んでいく。ただ…快楽の為に。
カメラの前で…自己紹介して貰ってもいい?
カメラを回した男は鼻息を荒くしながら彼女の横で優しく語り掛ける。
ヌキリン…20歳…
女装がやめられない…変態です…
へへ…よく言えましたね…
薄暗い雰囲気の一室でヌキリンとしての夜が始まる。女装界隈で今や有名人として指名が絶えない彼女は、毎晩こうして見知らぬ男達と体を重ねる日々を送っていた。
別に女装が好きな訳じゃない。
でも気づいたら女装している。
もう1人の自分が居るんだ…
放課後、大学の一室で話す2人。
アユミに告白する事を決めたこの日も、リョウスケに止められていた。
いつか真実を話せばきっと理解してくれる。
そうは言ったものの、どうにかして隠し通せると心のどこかで思っているコウセイに対してリョウスケは呆れていた。
お前の事はよく知ってるし、個性があっていいと思う。でも…よく思わない奴だって必ず居る。
隠し通すのは無理だ。
彼女を諦めるか…それともコウセイとして生き続けるか…どちらかを選べ。そう言い残して教室を出ていったリョウスケ。
あれから3年。
彼女とはまだ付き合い続けているものの、もう1人の自分については未だに打ち明けられず、「いつかは辞める」と約束していた夜の自分も健在だった。
アユミのためにコウセイは全てを捨てる覚悟はあった。もう1人のヌキリンが反対しているとしても、部屋に散乱した化粧品と服をゴミ袋に詰め込んで夜の世界を断ち切り、本当の自分はコウセイなんだと3年間言い聞かせ続けた。
しかし…
見知らぬ番号から掛かってくる電話。
低いバイブレーションが不気味に響き渡る。
ヌキリンからの反発なのか、それとも夜の世界からの侵食なのか…いつもなら綺麗な部屋も、朝起きるとゴミに出した筈の化粧品が転がり…顔には女装の爪痕が残されたまま…そんな正体不明の恐怖に震えながら過ごす日々を送っていた。
それは遂に昼の世界にも影響を及ぼす。
最も自分でいられる時間の中で突然鳴り響く着信音…彼の幸せが突然寸断され、険しい顔つきになる。
コウセイ…どうしたの、大丈夫?
電話出たら?
躊躇しながらも仕方なく電話を耳に近付けるコウセイ。
はい…コウセイですが
見つけた
携帯のスピーカーから怪しげな声が響く。
気配を感じて顔を上げると、ニヤニヤしながら彼を見つめて電話をしている1人の男がいた。
あの人…誰?
知ってる人…?
全く見覚えがない人物だったが、その不気味な顔を見て謎の恐怖が全身に行き渡る。
辞めたんですよ…
ヌキリンはもう!!
遂に電話を取ったコウセイ。
何度も電話をかけてきた謎の相手からの返事は無く、低いノイズだけが聞こえてくる。
それ…
あの時も言ったよな?
辞めれるのか?
強い口調でリョウスケは問いかける。
辞めたくても辞められないという彼の事情とここまでに至る努力は十分理解していた。
だが過去にもヌキリンを断ち切ろうとして失敗している事を知っていたからこそ、最後に確認しておきたかった。
彼女の為だよ。
コウセイはリョウスケにそう言い残して公園から立ち去っていく。彼の後ろ姿を見つめるリョウスケは小さくため息をついた。
プロポーズ当日。
お互いに「言いたい事がある」と、場所を指定して彼を待ち続けていたアユミ。
しかし、指定の時刻を過ぎても待ち合わせ場所にコウセイは現れなかった。
助けて…
今にも消えそうな声で呟くコウセイ。
プロポーズを決め、昼の世界で生きようとしても結局ヌキリンを消すことはできず、気付けば昼の世界ですら自我を保つことができなくなり、見知らぬホテルの一室で朝を迎えていた。
待ち合わせ場所から立ち去るアユミ。
彼女は何故か帰路につかず、まるでコウセイが来ない事を予想していたかのように別の場所へと向かっていた。
もうひとつの待ち合わせ場所に着くアユミ。
彼女の元へ謎の男が近付く…
プロポーズすっぽかして俺と寝てるなんて…
彼氏失格だな。
大丈夫、アユミちゃんだってどうせ浮気してるから…人間なんてそんなもんだよ。
男に諭されるコウセイ。
ゆっくりと顔を上げて鏡に映る自分を見つめる。
そこにはまるで今までの葛藤を嘲笑うかのように微笑むもう1人の自分がいた。
直接言わずに済んだ。
本当にいいの?
薄暗い駐車場の影で話す2人。
悲しみが残りつつも、少し吹っ切れたようにアユミは話す。
コウセイってなんか重い。重いのよ。
アユミ…
行こう…ケント…
私、ケントといる時が1番幸せだよ
アユミがコウセイのプロポーズ当日に伝えたかった事とは別れ話だった。
彼女の言葉を聞いた《ケント》は声高らかに答える。
俺も。
アユミちゃんは俺の天使だから。
3年前…コウセイがアユミに告白しようとした日も、彼女にプロポーズしようと決めた日も彼を思い留まらせようとしたリョウスケ。
コウセイがいなくなった公園のベンチで彼は語り出す。
あの時さ、アユミは俺とも付き合ってたんだぜ?とんだ女だよな…
アユミって誰?
私はヌキリンよ。
昼の世界で生きようとしていたコウセイは全てを諦めたかのようにヌキリンとしての自分を受け入れた。
後ろから優しく肩を撫でながら頬笑みを浮かべる男は、鏡に映る新しい彼女を見つめているのだった…
どうよ、アユミちゃんは?
いいんじゃないの?人生相応って感じで
全く悪いやつだな…
おい、今度アユミを3人で輪姦そうぜ。
コウセイには無理だろ。アイツに男としての誇りは…
違ぇよ。
俺とお前と…
謎の男とケントの笑い声は仙台の街に響き渡った。
-END-